盗人に罪は無し

 

 きりりとした風が吹くある晩の事。ジッリョネロファミリー本部はざわついていた。

「ボスの方は!?」
「あと5分だそうです!」
「何十回目のあと5分だそりゃあ!」

 部下の返事に、思わずγは怒鳴り返した。直撃を受けた男は、びくっと肩をすくめて固まった。条件反射的に「すいません!」と頭を下げる。

「いや、俺も悪かった。仕方ねぇ、俺が行って来る」

 舌打ちを残し、γは大股で歩き出した。つかつか、ではなくズンズンと廊下を進む。やがて目の前に、分厚い一枚板でできたドアが現れた。時間に磨かれた色合いと、表面に施された繊細な彫刻が、静かに威厳を放っている。
 γはその扉を遠慮なく叩いた。間もなく、ガラスの鐘を打ち鳴らしたようないらえがあり、それが消える前にγは中に入った。
 床には高級な絨毯が敷かれており、革靴の底からでも柔らかさが伝わってくる。今は何着もの服が散乱し、何色ものペンキをぶちまけたようだった。クロゼットは全て開け放たれ、片隅には靴が堆く積み上がっている。よくよく見れば、小さな戸棚に至るまでひっくり返されている。室内の有様に、γの動きは一瞬止まった。
 部屋の片隅にはアンティックなドレッサーが鎮座している。本来ならもっと年上の女性の為にある鏡台の前には、どう見積もっても十代前半の少女が、足をぶらぶらさせながら、ヘアブラシとドライヤーを手に、鏡の中の自分と睨み合っていた。
 強盗に押し入られたような惨状の中に満ちる、真剣な気迫は、γにとっては何となく現実味を欠いていた。

「…………ボス…………」
「γ! あと5分待って下さいってば!」

 ボスと呼ばれた少女、ユニは、一度だけ視線をこちらによこした。しかしそれだけで、意識はほぼ鏡に向かっている。その横顔に、かつて同じ鏡に向かっていた人の面影を見、γは一瞬、顰めていた眉を緩めた。すぐに気を取り直し、横目で傍らに控える、世話係の女性達を見る。
 彼女らは視線を受けて申し訳なさそうに首を竦めたが、はらはらと小さな女主人を見守っていた。

「到着まで3分……いや、2分切っちまってるんだ。本当に急いでくれよな!」
「分かってます!」

 γは世話係の女性達に、この現状を片づけるよう指示し、部屋を後にした。
 戻ってきたγの横に、落ちつきなく走り回っていたフロアに集まっていた構成員は一斉に視線を集中させた。が、そこに小さな姿がなく、苦笑混じりにγが手を振るのを見て、はあっと肩を落とす。

「真剣そのものだ。あんなおっかねえボスは久々だぜ」
「今日の主役だからな。力も入ろう」
「何より、ゲストがな」

 小娘が、とγは肩を揺らした。忙しさも最高潮に達した中に、一頻り和やかな笑いが広がった。

「しかし、ボスの気持ちは分からんでもないが、向こうの方はな」
「柳に風だ。このままでは、十年経っても無駄かもしれん」
「煮え切らないというか、どこまでも鈍いというかな」
「ボスの為にもはっきりして欲しいんだが」
「まあ、昔から言われる事だ」

 

 一台のリムジンが正面玄関前に横付けした。すぐに前部座席から男が降り、後部座席のドアを開けた。機械によらず、人の手に開けさせる事が、格式の高さを表すのだ。
 玄関側と、その反対側から三体ずつ、合計六人分の黒い影が冷たい地面に降り立った。最後に一つ、黒い影に比べて小さな白い影が、ひとひらの雪のように降り立った。呼び出しの声がホールに響き渡る。

「ボンゴレ十世、ご到着!」

 笑顔で賓客に応対していたユニは、その声に端で見ていても分かる程緊張した。それは他の誰もが同じだった。潮が引くように静まりかえり、人垣が左右に分かれていく。
 黒い海が裂けた後を、案内役に先導され、一つの集団が堂々と、また悠然と進んでいく。出席者の誰と比べても若く、また小柄な、東洋系の青年達が中心だった。彼らは頭を下げる年配者達を歯牙にもかけず、臆する事もなく歩みを進めていく。
 ユニの前まで案内されると、集団の中から一際小柄で、若く見える青年が歩み出てきた。柔らかな癖毛と、琥珀色の大きな瞳が印象的で、白いスーツがやや堅苦しげに見える。それほどに彼が与える印象は幼く、ユニと2つか3つ程しか違わないように見えた。
 ユニはゆったりした動作でドレスの裾を摘み、膝を折って礼をした。

「ようこそいらっしゃいませ。ボンゴレ十世にはご機嫌麗しく存じ上げます」
「こんばんは、ユニちゃん。相変わらずしっかりしてるね」

 すました口調で大人びた挨拶をする少女に対して、見た目は少年な青年の挨拶は、ごく普通でくだけたものだった。

「本日はお寒い中ご足労下さり、誠に有難うございます」
「いや、そんなカタイ事は良いからさ。はい、これ」

 綱吉は笑って、少女の前に膝をついた。ユニと獄寺が「お召し物が!」と慌てたが、綱吉は全く気に留めない。

「お誕生日おめでとう、お姫様」

 綱吉はにっこりと微笑んで、携えていた花束を恭しく差し出した。星形をした白、黄、ピンクの鮮やかな色彩の花々が、色の少ないこの季節に、一層生き生きとして見えた。

「この花、ユニちゃんと同じ名前なんだよ。あまり高価なものじゃないけど、やっぱり女の子には花かなと思って」

 ユニは嬉しげに顔を綻ばせ、小声で礼を言って花束を受け取った。
 どんな綺麗な宝石や洋服よりも、あなたからのプレゼントが一番嬉しい。
 そう伝えたいのに、この肝心な時に、自分の舌は言葉を紡ぐ機能を放棄した。

 気に入ってくれた? と笑いながら、綱吉は花束の中からピンクの星を一輪引き抜いた。
 そのまま実にさり気なく、誰も不審に思わない程自然な動作で、ユニの髪に花を挿した。黒髪の宇宙に星が咲く。

「うん。やっぱり可愛い」

 春めいた花束よりなお鮮やかに、綱吉は笑った。ユニは耳まで真っ赤になり、気取った返事を返すどころではなくなってしまった。ただ、花束を抱きしめる事しかできない。
 照れ臭さと恥ずかしさ、嬉しさで顔を伏せる少女を見る大人達の目は温かく、さっさと立ち上がって、一仕事終えた顔で伸びをする上司を見る守護者達の目は、どうしようもなく生温かった。

 仕方がない。昔から言うではないか。
 古今東西言う事は───

 

 

神様が降りてきた為に書いたユニ(→)ツナです。
捏造全開ですが、やっぱユニ姫は可愛いなあv