Stay with me...Smile with you!
彼の名前は皆知っている。 綱吉はまさしく、豹変した。教室の隅で嘲笑を集めるだけだった彼が、賛辞を受けるようになった。不思議なのは、それが長続きしなくて、ほとんどの時間はいつもの「ダメツナ」なのだが。あれはキレたとでも言うのか、文字通り変身したようだった。 それでも、一度与えられた評価は覆らなかったが、自分だけが、してやったりと言う気持ちでいた。 やればできるじゃないか。俺の思ってた通り。 だから彼に声をかけた。ちょうど自分も壁にぶち当たっていたところだったから、何かアドバイスが得られるんじゃないかと思って。 綱吉は“憧れのヒーロー”とやらから相談を持ちかけられて、パッと見ただけで分かるほど浮かれていた。今、俺はお前を見上げてるって、分かってる? 見上げられるって、頼りにされるって、どんなに気持ちが良くて面倒な事か、こいつにも分かるだろうか。 「努力………しかないんじゃないかな、やっぱり………」 得られたのは、そんな陳腐な一言だけだったけど。 失望はしなかった。努力しかないって分かり切ってた事だから。頑張ればどうにかなるなんて、今更教えられなくても経験で知っていた。この自堕落を地で行っていたような綱吉も、その事に気づいたと思って、奇妙に嬉しかった。 近づいてきてるんだと、知れただけでも良かった。 ほら、もっとこっちに来い。 俺はここにいるからさ。 「お早う、山本」 前をぽてぽて歩く、小さな背に駆け足で追いつき、挨拶代わりに軽く叩く。いつもの朝の挨拶に、綱吉は春風のように笑い返した。 他愛もない話をしながら、学校までの道のりを一緒に歩く。話題は昨夜のTV番組、今日の授業、宿題の出来、補習に対する愚痴、家で起こったささやかな事件……特に珍しいトピックもなく、二人だけに共通する話題もない。 今までに綱吉以外とも、何百何千何万回と繰り返してきた話題。なのにとても新鮮で、交わす言の葉の一片だって忘れたくないと思うのは……分かってる。 山本は終わりかけの八重桜から、その上の空へ視線を移した。薄雲がかかっているが、日射しは地面にまでしっかりと届いている。 今よりもうちょっとだけ空が近くて、地面とはもう少しだけ離れたところ。空の中でも地面の上でもないところだった。 そこでやっと気づいたのだ。来ないなら自分が行けばいいと。動こうともしない、不甲斐ないのは自分も同じだと。努力しかないのは分かってた癖に、自分はそれを怠って、全て綱吉に任せきりにしていたのだ。自分は一体何の権利があって、自分の意思を押しつけていたのだろう。 体の横で揺れる手が、ふと何かに触れた。自分の、潰れた肉刺が幾重にも重なって角質化した手とは違う、柔らかくてすべすべした、触り心地の良い何か。 綱吉の手と自分の手が、何の拍子にか重なっていた。 「あっ……ご、ゴメン」 「……や、悪り」 残念なような照れ臭いような、複雑な気持ちで、山本はぱっと手を放した。思わず、歩みさえ止めてしまう。 綱吉も同時に、彼の優しさそのもののような手を引っ込めた。静電気に打たれた時のように、その手を押さえる。 気まずい沈黙が流れる。不慮の事故とも言えない接触だったが、和やかな空気を壊すには充分だった。さっきまで普通に話していたのに、今は何故か顔を向けられないほど恥ずかしい。山本は内心、何でこんな時に獄寺がいないんだ、と普段フォローしてばかりの相手に八つ当たりした。 自分の頬が熱くて、綱吉の耳が赤いのは、朝から長袖なんて着たくないほど暑いから? 山本は沈黙に堪えかねて、無理矢理口を開いた。声が震えないよう祈りながら。 「あのさーツナ、今日、部活終わったら……どっか、寄らね?」 「! うん! 行こう!」 綱吉が顔を上げ、笑う。赤らんだ頬で眩しい位に、ほんの少し照れ臭そうに。 山本もよく似た笑顔を返した。それはクラスのヒーローには相応しくないほど緩んだ顔だろう。しかし、山本は雨上がりの朝のように爽快な気分だった。 二人は放課後どこに行くか話し合いながら、また歩き出した。 若葉風が二人の背を押した。 (……本当は、行き先なんてどうでも良いんだけど) 内心で二人とも同じ事を思っている事は、この場にいない、黒衣の赤ん坊だけが知っている。 ずっと一緒にいよう。ずっと一緒に笑っていよう。 これからの自分は、すべて君のために。 |
山ツナ難しかった……。
山本お誕生日おめでとう!
photo by Coco