正しい休日の潰方。

 

 綱吉は失敗した。
 綱吉は青ざめている暇があったら、すぐ逃げるべきだった。
 仮に逃げたとしても、スクアーロの追走から逃れられたとは考えられないが。
 そう言うわけで、綱吉はただ今猫よろしく、スクアーロに首根っこを掴まれていた。

「ううう………さよなら、俺の自由………」
「そりゃこっちのセリフだぁ!!」
 脱走しといて何言ってやがる!

 …と続けたいのを、スクアーロはかろうじて堪えた。ここがボンゴレの勢力下と言っても、どこに不穏分子が潜んでいるか分からない。この猫もどきが、裏社会最強の男であるドン・ボンゴレにはとてもとても見えないし、思えないが、それでも警戒するに越した事はない。
 その代わりに、久方ぶりの休日を潰してくれた怒りと恨みをもって怒鳴りつけてやった。
 今更その程度で怯える綱吉ではない。引きずられつつ、くすんくすんと泣き真似なぞしている。この年頃の男がやると、普通なら衝動的に殺してしまうところだが、小柄で童顔な綱吉がやると、大変はまっている。
 スクアーロは、泣きたいのはこっちだぁ、と言う思いを込めて、引きずる力を強めた。
 スクアーロの同情は買えなかったが、ガラの悪い大人に引きずられる身なりのいい少年、という絵は道行く人達からの同情を誘った。耳に入ってきた、「児童虐待」「誘拐」「警察呼べ」のフレーズに、あらぬ誤解をかけられたスクアーロは、怒りと屈辱に体を震わせた。
 本当に警察を呼ばれると面倒なので、スクアーロは襟首から手を離した。無論、綱吉の手首をしっかり捕まえてから。

「もう逃げないって……」
「前科持ちの言う事なんざ信用できるかぁ」

 ごもっともな反論に、綱吉は唇をへの字に曲げ、頬を膨らませた。
 あれこれ言うのが面倒臭くなって、スクアーロは綱吉の手を引いて歩き出した。綱吉は往生際悪く、足を踏ん張って抵抗した。これがスクアーロの堪忍袋の緒を切った。

「きゃー!」
「やかましい!」

 スクアーロは軽量な綱吉を抱え上げ、荷物のように小脇に抱えた。綱吉は手荒な扱いに、バタバタと暴れて抗議した。スクアーロは全て黙殺して、ずんずんと歩き出した。

「ま、待って! 俺のジェラート……」
「あ゛あ?」

 荷物が必死に手を伸ばしている。その先にジェラートの屋台があり、スクアーロは、そう言えばジェラートを注文していたと思い出した。スクアーロと目が合った店員が、びくっと体を震わせた。

「お願い、アイス位いいでしょ!? もうしないから、ねぇ……」

 たちまち涙を湛える大きな瞳。それを真っ直ぐ向けられたスクアーロは、喉の奥で、うっ! と呻いた。本当に幼児を虐待しているような気分だ。
 ここでダメと言ったら一生恨まれる。それに思い至ったスクアーロは、つかつかと屋台へ歩み寄った。腹立ち紛れに、ぽいっと荷物を放り出した。

「ほれ! これで文句ねぇだろぉ!?」
「勿論! ありがとうスクアーロ!」

 ころっと機嫌を直した綱吉は、再び喜々としてジェラートを注文し始めた。店員はまだスクアーロに怯えているが、恐怖から逃れる為、綱吉の勢いに乗る事にしたらしい。次々と積み重なるジェラートに、甘味の苦手なスクアーロは胸やけを起こした。
 この間に綱吉を確保したと連絡しておこうと、スクアーロは携帯電話を取り出した。先程着信した番号に、リダイヤルする。電話は間もなく繋がった。

「う゛ぉおい、捕まえた…」
『さっさと綱吉連れてこい!』
『ザンザス電話をよこせ!』
『てめぇばっかりずるいぞコラ!』
『十代目えええええ! どこですかあああああ!』

 聞き慣れてしまった怒鳴り声とドップラー効果つきの叫び声に、スクアーロは完全に報告する事ができなかった。だが、本部は恐慌状態であるらしい。とっとと連れ戻さねば、末端にまでボスが家出中である事が知られてしまう。大ボンゴレのボスに家出癖があるなどと知れたら、権威も何もあった物ではない。
 堆く積み上げられたジェラート分のお礼を言う綱吉に、スクアーロは疲れた視線を投げかけた。その様子は、自分が見ても子供そのもの。ついでに、しっかり同じ間違いをしている。
 頭痛がしてくる。繋ぎっぱなしの携帯からは、戦場さながらの爆発音や銃声が聞こえてくる。綱吉がボスになってから、ボンゴレは明らかに内乱が増えた。その全てがボス絡みで、しかも元凶が自分である事に気づかないのだから、タチが悪い事この上ない。

(か、帰りたくねぇなぁ……)

 帰ったらもれなく巻き添えを食う事疑い無しだ。でも帰らなかったら、「遅い! つか、綱吉と何してた!?」と制裁を食らうのは目に見えている。選択肢は一つだけだ。
 スクアーロは誰も聞いていない通話を切った。

(俺の休日が………)
「え、スクアーロ、休みだったの?」

 胸の内で呟いたつもりが、声に出ていたらしい。いつの間にか綱吉が、三段に減ったジェラートを手に、傍らに立っていた。スクアーロは一瞬、腹を壊さないかと思ったが口に出せず、眉間の皺を深くした。

「……気は済んだかぁ」

 スクアーロは投げ遣りに言い、ジェラートを食べまくる綱吉の襟首を改めて捕まえようとした。
 が、その手は逆に、綱吉に捕まえられた。

「ちょっと待って」
「断る」
「待ってってば。今度はスクアーロに付き合うからさ」
「…はぁ?」

 突拍子もない申し出に、スクアーロは間の抜けた声を出してしまった。

「どうせいつ帰っても一緒だよ。だったら今のうちにやりたい事しちゃおうよ」

 ちょっと貸してね、と綱吉は、呆気にとられたスクアーロから携帯電話を奪い取り、迎えに来る場所と時間を告げた。

「さ、行こ行こ! やっぱ、まずは買い物かなぁ。スクアーロはどこの店行くの?」

 綱吉は場所も聞いていないのに、手を掴んだまま、下手くそなスキップで歩き出した。その顔は、彼によく似合う、無邪気な笑顔。

「…その通りを左だぁ」
「わかった」

 今すぐ連れて帰った方が、いろいろな意味で傷が少なくて済む。が、綱吉の言った通り、どうせ結末は一緒なのだから。
 未来に待ち受ける不幸を忘れ、スクアーロは、今のこの時間を楽しむ事にした。

「…カムサハムニダ」
「へ?」
「韓国語でありがとうだぁ」
「あれ…そうだったっけ? 俺なんて言ったっけ」
「アンニョンハシムニカ。意味はこんにちはだぁ」
「うわ! 恥ずかし……ばれたら殺されるな……」
「ドイツ語ならダンケシェーン」
「うんうん」
「ロシア語だとスパシーバ」
「へー。スクアーロって物知りだったんだ」
「う゛お゛ぉい…てめぇ、俺を何だと……」
「いや、ごめん、つい!」
「ついって何だぁあ!」
「あはは。でも、ホントに悪気はないよ」
「笑いながら言うなぁ! って、行き過ぎちまったじゃねぇかぁ!」
「あはははは! ねえ、スクアーロも食べる?」
「あ゛ぁ? いらねぇよ、そんな甘いモン」
「えー、おいしいのに……」
「………一口だけだぞぉ」
「うん!」

 

 

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おかしいな、ジェラートカップル食いまでさせるつもりはなかったのに……。