ピンポーン。
静まりかえった家にチャイムが響き渡る。1人留守番していた綱吉は、普段のとろさからすると驚異的な反応を見せて立ち上がり、部屋を飛び出した。勢い余って廊下ですっ転んだが、それはもうご愛敬だ。
派手にぶつけた膝をさすりながら立ち上がり、今度は慎重に、だが来客を待たせないように急いで階段を下りる。綱吉は扉に飛びつくようにして玄関の鍵を開け、留守番の理由を出迎えた。
「う゛お゛おい、来た…う゛ぉっ」
「いらっしゃい、スクアーロ!」
綱吉は、ぱぁっと笑って恋人に飛びついた。
およそ1ヶ月前、次の仕事が終わったら休みが取れそうだ、とスクアーロから携帯(スクアーロからの入学祝。勿論スクアーロ専用)にかかってきた。
「じゃあ遊びに来てよ! どうせ、その日はうちに誰もいないし」
と言った瞬間、何故か電話がブツッと切れた。…その時恋人が、同僚と上司に本気で命を狙われたことを、綱吉は知らない。
以来綱吉は、指折り数えてこの日を待っていた。知らぬが仏。
「相変わらずちっちぇえなぁ。本当に成長期かぁ?」
スクアーロは恋人の体を腕の中にすっぽりと納めながら、やや乱暴に、盛大に跳ねた癖っ毛を撫でてやる。綱吉は「やめてよー」と言いながらも、振り払うことはしなかった。逆に恋人の長い指を持つ力強い手に、すり寄っていく。
「ひどいなぁ…。俺もう高2だよ! これでも10センチも伸びたんだから」
「それでも150センチ台じゃねぇか」
「160越えたよ!」
あんたがでかすぎるんだ、と言いながら、綱吉は額をスクアーロの胸元に擦りつけた。それからそっと目を閉じて、恋人の心音に聞き入る。服越しの拍動が深い安堵と愛しさをもたらしてくれる。綱吉は抱きつく(本人は抱きしめているつもりだが、体格差の為抱きついているようにしか見えない)腕に力を込めた。
「そりゃ、悪かったなぁ」
そう言うとスクアーロは、綱吉の蜂蜜色の髪に唇を寄せた。綱吉がその感触にはっと顔を上げた。
くしゃくしゃに乱れた前髪を掻き上げて、すべすべした額にも口づける。ちゅ、と言う音とダイレクトな感触に、綱吉はみるみる赤面した。その17歳らしからぬ可愛らしい反応にスクアーロは、更にこめかみ、瞼、小鼻、頬と可愛いばかりの口づけを落とす。
次第に下がってくる乾いた感触。綱吉はぎゅっと目をつぶって受け止めていたが、熱くなった頬に有機的な冷たさを感じて目を開けた。
視界一杯に広がった、彼が振るう刃のように鋭利な美貌に一瞬、呼吸を忘れた。
頬に感じた感触は、自分の顔を仰向かせたスクアーロの手袋をはめた手だと気づいたのは、彼と我とのあまりの近さに、思わず突き飛ばしてからだった。
「っあ、ご、ごめ……」
スクアーロは突然空っぽになった手の中を間の抜けた顔で見ていたが、その空間で綱吉が真っ赤な顔で謝ったのを見て、ひっそりと苦笑した。からかうように、多分自分の照れ隠しも兼ねて、人差し指で額をぱしんと弾いてやった。
「いでっ!」
何すんだよ、と睨む綱吉を無視してスクアーロは三和土に放り出した荷物を拾い上げた。底を軽く叩いて、埃を落とす。
「上がらしてもらうぜぇ」
「あ……ど、どうぞ…」
「いつまでも玄関で、ってのも何だしなぁ」
そう言われて綱吉は、自分達が玄関全開でいちゃついていて、しかも自分は裸足ということに気づいて、スクアーロの背中をひっぱたいた。勿論、スクアーロにダメージはなかった。
スクアーロを自室(掃除済)に通し、コーヒーとジュースを運んできた綱吉は、彼がベッドにもたれかかって目を閉じているのを見た。
綱吉はかけようとした言葉を飲み込み、そっとドアを閉めた。トレイをカーペットの上に置いて、傍らにゆっくり腰を下ろす。ぶつけた膝が痛んだが、目の前の存在に比べればどうでもよかった。
手を伸ばし、銀髪を一房手に取った。さら、と流れる感触は綱吉のお気に入りだ。晴れた日に降る雨のような、その輝きも。
綱吉は彼の存在を確かめるように、繰り返し長い髪を梳いた。
ただ希望を伝えるだけで、「気をつけて」さえ言えなかった電話のことを思い出す。
最後に会ったのは入学式の時だから…1年半ぶりか。
よかった。よかった。元気そうで良かった。また会えて良かった。
…本当に、よかった。
日本とイタリアという超遠距離。しかも彼がいるのはマフィアの独立暗殺部隊。物理的な距離だけでなく、立場の違いという距離が綱吉とスクアーロの間にはあった。綱吉は時間が空けば、怪我はしてないか、何のアクシデントもなかったかと考えている。未だに「ボスにならない」と言っている綱吉だが、そうすれば彼と会えない。なったとしても、上司と部下という立場の違いは厳然として残る。
ただ、好きなだけなのに。
3年間…彼と出会ってからほぼ同じ時間…ずっと首に提げている指輪が、急に重く感じられた。遠慮がちに、綱吉はスクアーロの肩に寄りかかった。
そうしようとした矢先、強い力で引き寄せられた。
本当は、会いたくなかった。
仕事の後は、いつも気分が昂揚する。人を斬る感触にはもう慣れて、嫌悪を覚えることもない。
覚えるとしたら、その手で綱吉に触れること。人を殺した後の自分を見せること。硝煙や血臭・死臭とは無縁の世界に生きてきた普通の少年に近づくことだ。
願わくば綱吉には、無縁のまま生きて欲しい。血のぬくみも死の冷たさも。3年前の戦いで正式に10代目として認められてしまった以上、避けては通れなくなってしまっていても。
しかしその願いの成就は、今のスクアーロにとっては死刑宣告にも等しい。
だからスクアーロは、綱吉を抱きしめる。すると疲れやら苛立ちやら、そんなモノが融けていく。後に残るのは雨上がりの大気のように、澄みきった心。
…当然、他の感情(例えば滅茶苦茶にしたいとか)も頭をもたげてくるのだが、ささくれ立った精神をこんなにも優しく包んでくれる存在は、他にない。琥珀色をした瞳に自分の姿が映ることが、ひどく特別なことのように思える。
この存在を知って以来、綱吉抜きの自分など考えられない。
ふと、手袋をしたままの自分の手が開いた目に映り込んだ。見慣れたはずのそれが、今はひどく目についた。
スクアーロは手袋を外し、素手で、もっと強く綱吉を抱き寄せ、抱きしめた。外された手袋が、軽い音を立てて床の上に放り出された。
乗り上げたような格好になった綱吉は、縮めていた腕を、おずおずとスクアーロの首に回した。初心な仕草を笑う余裕はスクアーロにはすでになく、
「綱吉」
と、名前を呼んだ。
「スクアーロ」と呼ぼうとした声は、音にならなかった。吐息のかかる至近距離で見つめられて、身動きできない。機械を介してでなく名を呼ばれて、口もきけない。しっかりと腰をホールドされて、逃げ場もない。
熱・輪郭・匂い・重み・力・息遣い・鼓動・音。全てが、途轍もなく尊い。
この生命がここにあることが。この人がいることがとても嬉しい。
ああ、自分はこんなにも、目の前のこの人を欲していた。
そんな思いが止め処なく溢れてくる。が、その全てを伝えきる言葉や手段を、二人とも知らなかった。「愛している」でさえも、まだ足りない。
ああ、ああ、ただ、ただ。
「好きだ」
スクアーロは切羽詰まったような、それだけに真摯な表情でそう言った。切れ長の瞳にだけ、甘い熱を湛えて、綱吉を見詰める。琥珀色をした大きな瞳に自分の姿が映ることが、ひどく特別なことのように思えた。 綱吉はすぐには答えられなかった。「好き」のたった一語に魂が奥底から震えて、その震えが体にまで伝わっていたから。
だけど、とても大事なことを言われたのだ。たった一語でも、とてもとても嬉しい言葉を貰ったのだ。好きな気持ちが胸一杯に広がって、溺れてしまいそうだ。
こんな幸せなこと、他にないじゃないか!
震える唇を励まして、固まった舌を叱咤して、言葉を紡ぐ。滲んだ視界が、少し悔しい。
「俺、は、」
大好き。
その言葉は、唇ごとスクアーロに飲み込まれた。
初スクツナ小説。推敲しようとしたらあまりにあまりな文章にその気力も萎えました(死)。
恥を忍んで(捨てて)そのまま載せます!(ワオ)
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