お着替え致しましょう!

 

 気がついたら知らない部屋だった。持ち物は全部取り上げられて、拘束されて、おまけに見知らぬ男と二人きり。いや、声だけは知っていた。戦闘中にモスカから流れてきた声。
 目の前にいる彼が、モスカを操っていた。
 武器はなく、拘束された自分は無力な子供だった。殺そうと思えば、あの拳銃でいつでもどうぞ、だ。
 だが酢花゜、スパナと名乗った彼が、その銃を撃つ事はなかった。代わりに思いもよらなかった事を言った。

「あんたの完璧なX−BURNER見たくなった。ウチが完成させてやる」

 呆気にとられるとは、この事だ。お願いしますとも、何のつもりかとも言えなくて、綱吉は体を縮こませ、恐怖と困惑をごたまぜにした瞳で見返すしかない。貸してくれた、大きすぎるツナギが肩からずり落ちる。
 柔らかに白熱灯の光を弾く肌に重なる、薄墨の淡い陰影。

「……ちょっと待て」

 スパナは天井を見上げて、何か考えるような仕草をした後、部屋の片隅に歩いていった。取り残された形になった綱吉は、混乱して思わずスパナの後について行った。

「動くな」
「ひぃっ! すっ、すいません!」

 その歩みもわずか二、三歩で止められた。スパナは銃を振って、元の位置に戻れと指示した。綱吉が後退り始めたのを確認して、ふいと前を向いた。

「わっ!」

 焦ったせいで、綱吉は余りすぎている裾を踏んで転んでしまった。頭こそ打たなかったが、どすんと派手に尻餅をついた。思わずスパナに見られなかったか、様子を窺う。
 大きな瞳のど真ん中に、カーキ色の二本の脚が映った。

「トロいな、あんた」
「うう……すいません……」

 ばっちり見られてしまったようだ。こんな所でも発揮されるダメツナっぷりが情けなくて、綱吉はぺたりと床に座った。
 目の前に、すっと白い物が差し出される。やや不格好ながらも、きちんと畳まれたそれは、Tシャツのようだった。

「中にこれ着て、袖を腰で結んでみろ。あ、ウチのだけど、洗ってあるから」
「は……あ、ありがとうございます……」

 綱吉は礼を言って、おそるおそるシャツを受け取った。しゃがみ込んだスパナがその手を捕まえて、着替えられるように手錠を外した。
 ごわごわと固い手触りは、奈々が洗濯してくれていたシャツとは違う。柔軟剤のCMみたいに、子供達とタオルを頬に当てて、柔らかくって気持ちいいでしょ、と笑っていた。
 胸に生じた冷たい固まりをごまかそうと、綱吉は後ろを向いてツナギのボタンをやや荒っぽく外し始めた。

「…何で後ろを向く」
「え……変ですか?」
「男同士なのに」
「や、だって、俺、貧弱な体つきだから、恥ずかしくって」
「ウチは気にしない」

 気持ちは嬉しいけど、俺はやっぱり気になります。と言いながら、綱吉は痩せた背中を隠すようにいそいそとTシャツを着込んだ。立ち上がってツナギをたくし上げ、ウエストで結ぼうとする。が、細い体にツナギの生地が余りすぎて、上手くいかない。
 見かねたスパナに手伝ってもらって、やっと着られた。
 振り返った綱吉の姿を見て、スパナは何となく微妙な顔をした。ブカブカで、鎖骨が半分は見えているシャツ。半袖なのに七分袖。体の前で結べなくて、後ろに回してやっと結べたツナギの袖。転ぶ心配はなくなったようだが、やせっぽちで童顔の子供にはあまり似合わない格好だった。

「…ちょっと待ってろ」

 スパナはもう一度部屋の隅に駆けて行った。しばらく、何かごそごそと漁る気配がして、戻ってきた時には何着もの服を抱えていた。それを足元に下ろすと、中からビニールに入ったままの服を選び出し、綱吉に渡した。

「……○トム……」
「日本に来たばかりの時、浅草で買った。子供用だけど、柄が気に入ったから買った。多分合うはずだ」

 確かに、タグの下に160と書かれている。これなら多分ピッタリだ。だが。

「あの……着方が分かりません」
「あんた、本当に日本人?」

 間髪入れず言い返されて、綱吉はぐうの音も出なかった。

「仕方ないな。手伝ってやる」
「す、すいません。ありがとうございます…」

 スパナは笑ってうんうんと頷いた。

「何かしてもらったらすぐお礼。日本人は礼儀正しくて好きだ」
「は、はあ……」

 今まで特に意識してもいなくて、母親から言われたからそうしているだけだった。それを褒められ、Tシャツを脱がされながら、綱吉はちょっとだけ嬉しくなった。

「ほら、この紐をこれと、これはこっちと結ぶんだ。簡単だろ?」
「そうですね…」

 綱吉はあまりのお手軽さに拍子抜けした。今度の夏祭りに買ってもらおう。

「あの、どうですか?」
「ん?」
「似合います?」

 スパナはきょとんを目を丸くした後、三歩下がって綱吉を見渡した。黒と白の市松模様に、グレーのキャラプリント。落ち着いたモノトーンの配色が、肌の白さや髪の明るさを一層際だたせていた。

「うん、カワイイ」
「か、かわ……………くしゅん!」

 快適な温度に保たれているとは言え、夏服では肌寒い。綱吉はごしごしと、服の上から鳥肌を立てた腕を擦った。

「それじゃ寒いか」
「すいません。少し……」

 スパナは再び服を漁り、一揃いの服を差し出した。
 浅葱色にだんだら模様。そして背中に背負うは「誠」一文字。

「こ……これって……」
「京都で買った。ウチが着付けてやる」

 そんな事を言われては、着ない訳にはいかない。綱吉は渋々甚平の紐を解いた。

「うひゃ…ちょ、くすぐったいです……」
「悪い。それは我慢してくれ」

 時折、脇腹や背中に手が触り、綱吉はその度に身を捩った。意外な位、スパナの手際は良い。てきぱきと単衣を着せ、袴を穿かせる。あっという間に、鉢金まで締められた。

「うん、クール」
「く……クール……」

 そりゃ確かに、羽織袴って格好良く見えるけど、でも! ツナギ並みに袖や裾が余りまくっている格好は、どう贔屓目に見ても無理矢理着た感じしかしない。着ている、のではなくて着られていると言った方が正しい。
 こんな姿、他の皆に見られなくて良かったあ、と綱吉は違う方向で安心した。皆自分よりも体格が立派だから、きっと難無く着こなせるに違いない。綱吉はふと、目の前の男を見上げた。おそらく、この時代の雲雀と同じ位の身長。まくり上げた袖から覗く腕は筋肉がついているし、骨格もしっかりしていそうだ。

「あの……他の服、ないですか?」
「それも嫌か」
「いやきっと、あなたの方が似合うと思って」

 がりっ。スパナはまだ厚みのある飴を噛み砕いた。そのまま固まって動かない。歯車が外れた人形のようだ。まずい事を言ったかなと、綱吉は顔色を青ざめさせた。

「すっ、すいません! 何も考え無しに言っちゃって」
「………‥気にするな」

 ぎくしゃくとスパナは膝を折り、また服を物色し始めた。耳の先が赤いのは、気のせいだろうか?

「じゃあ、次はコレ」
「こ、このラメ入りの着物って……!」
「ディスカウントショップのパーティー用品売り場で見つけた」
「何で買ったんですか!?」
「TVで観た事があったから」

 だからって何で買ったの!? などと思っている間に、綱吉はこれもあっという間に羽織袴を脱がされ、件の着物を着せられた。

「すいませんこれ……すごく落ち着かないです……」
「地味なのが好きか」
「いえ、好きとかいうレベルではなく…」
「じゃあ、コレ」

 アト○、新撰組、マ○ケンときて、次はやっぱりメイド服じゃないかと思って覚悟を決めていた綱吉だったが、ずいっという効果音つきで差し出された服に息を呑んだ。
 白いフリフリでヒラヒラのゴスロリ服(マキシ丈)。

「変化球キター!!」
「メイド服はありきたりだし。一応持ってるけど」
「持ってるのかよ!」
「あんたならパステルカラーは問題なく着こなせそうだが、イメージ的にこのピュアホワイトがイノセントで似合いそうだし、ウチの好みでもある」
「知りませんよそんな事! つか本気で着せるつもりですか!?」
「着付けならウチがしてやる」
「ああ、目がマジだ、ってまさか帯引っ張ってよいではないかってするつもり!?」
「日本の伝統だと」
「そんな訳あるかああああ!!!」


 こんなにお茶が美味しいと思ったのは、いつ以来だろうか。綱吉は結局最初のツナギを身に纏い、布団の上に座って新しい日本茶を啜っていた。横には一緒につけてくれたキャンディーが置かれている。

(本当に何なんだ、この人……)

 まさかコスプレショーをやらされるとは、夢にも思っていなかった。
 主催者は片づけの真っ最中だ。手伝おうとしたのだが、座ってていいと言われてしまった。おまけにお茶にお菓子まで出されてしまった。有無を言わさぬ強引さには慣れているが、ここまで考えが読めない相手は初めてだ。

「あ、あの……………」
「ん?」

 澄んだグリーンをまともに見た。子供のようにキラキラしている。

 何かこの人。
 X−BURNERの事を話していた時より楽しそうなのは、気のせいだろうか?

 ……スパナが片づけをしながら、服に仕込んだ隠しカメラの映像をチェックしていた事は、本人以外、誰も知らない。

(いいデータ取れた……やっぱりウチの目に狂いはなかったよ、ツナヨシv)

 好きな人の事は、何でも知りたいものだから。

 

 

風呂場で突然思いついたネタです。あー楽しかった……。
しかし綱吉、よくゴスロリ知ってたな(笑)。
スパナさんがおかしな人になってしまった…けど今更か(殴)。